★Sapporo Christian Group

クリスチャンホーム対する教え

クリスチャンホームの子どもたちには一般の家庭とは異なるニーズがあります。

これまで、それらを分けて考えることがあまり無かったために適切な指導ができないでいる場面が多く見られました。

もちろん、教会に連れて行ったり、祈ることや聖書を読むこと、その他の信仰的に良いと思われる指導をしてきたと思います。つまりクリスチャンホームとしての特別な指導をされてきたとは思います。しかし、ここで、お伝えしたいことは、「普通の子育て+信仰的指導」がクリスチャンホームとしての指導という意味ではありません。

私自身は家族についての教えをする際に、一般の家庭とクリスチャンホームを分けて考えることは好きではありません。なぜなら、聖書の原則は信仰の有無を問わず、全ての家庭に適応できると信じているからです。 しかしながら、クリスチャンホームの子どもたちには一般の家庭とは異なる親に対するイメージがあることを知る必要があります。

カウンセリングの原則について学ばれた方は、親という存在が子どもにとって最初の権威者であり、親との関係がその後の人生の大きな影響を与えるということはすでにご存知だと思います。

つまり、子どもが小さいときには親は神的な存在と同列なのです。しかし、だからといってまさか親が神様であると思い続けて成長する子どもはいません。しかし、クリスチャンホームの子どもたちにとっては親が神と同列に考えるイメージを引きづり続けて成長することがありうるのです。

クリスチャンホームでは多くの場合、親は良い人たちでしょうし、子どももそのことを知っていますが、それゆえに、親の言葉が一般の家庭に比べて絶対的・・・それこそ神の言葉と同じほどに影響力を持っているために、時には混乱を与えます。クリスチャンホームの子どもにとって親は神と同列の存在であるために、親につまずくときに神につまずくことが起こってきます。

親は子どもが御言葉に親しんだり、祈りや賛美を楽しむようになることを願うものですが、それをあせるあまり、親との関係が悪くなってしうなら、それによって、子どもと神様との関係を悪くしてしまう場合があるのです。

それがどのようにして起こるのかについてはさまざまなパターンがあるでしょうが、代表的なのは次のようなことです。

思春期に起こりがちの親が予期していなかった悪い行動というのは、多かれ少なかれ、それまでに親が子どもの心に蒔いた種の実であるといえます。ですから、本来すべきことは親がやり方を変えたり間違いを認めることなのですが、通常はそうしないで子どもの行動を変えようとします。

そしてそれはほとんどの場合、聖書的な価値観から御言葉によって指導がなされます。そうすると、親は常に絶対的に正しいとされてしまうわけですから、子どもの逃げ場がなくなってしまいます。

そして、本来親子の関係の問題であることが信仰の問題にすりかえられてしまい問題の所在がはっきりしないまま時間が経ち、より悪い状態になってしまうのです。

そのようなわけで、一般の子育ての教えではカバーしきれない領域についてビデオで学んでいただければと思います。

 

ビデオ

クリスチャンホーム信仰継承セミナー


(01)イントロダクション


(02)御言葉で子どもを育てる

 


(03)子どもを訓練する

 

 


(04)夫婦の一致

 

 


(05)子どもを神と出会わせる

 

 


(06)子どもの心を取り扱う

 

 


(07)思春期における親子の和解