JP−A-A−3−1/2  中級編 Aグループ 旧約聖書概論 (第3) 人の堕落と愛に満ちた神の措置
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聖書箇所:創世記3章1節〜16節
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■ 人の堕落
神が食べてはならないといわれた善悪を知る知識の木の実を食べることは神と契約を破ることを意味します。
ですから、人がそれを食べた後にサタンもまた人をコントロールする権利を持ってしまいました。
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もちろん、人は自由意志を持っているのですが、「罪の性質」を持ってしまったので、自分の力ではサタンの誘惑に打ち勝つことは非常に困難になってしまいました。
B
サタンは誘惑しましたが、彼は無理じいしたわけではありません。これは人類最初の霊的戦いといえますが、実際に必要なのは神の名によってサタンを追い出すことというよりも、ただ神の戒めに堅くたつことでした。
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事実ヤコブ書4章7節には「神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。」と書いています。神に従うことは霊的戦いの基本中の基本です。
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■ 代々続く罪の呪い
罪の呪いは霊的なものですが、それは遺伝子が代々受け継がれるように子孫に受け継がれます。いのちは血の中にある(レビ17:11)からです。それゆえ人の子孫は全て罪の呪いの中にあり罪の性質を持っているのです。
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■ 人が罪を犯した結果このようなことが起こりました。(1)死が入った。(2)この地上の支配権を失った。(3)女が苦しんで子を産む。(4)女の地位が男の下に置かれた。(5)地が呪われ労働が困難になった。
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■ 神は愛です
(ヨハネ4:7-8) 愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。 愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。
G
ヨハネは愛の使徒と呼ばれており、特に第一ヨハネの手紙は4章だけで30箇所も愛という言葉が登場します。
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「神は愛です。」この言葉は私たちが聖書を読む大前提としてまず、頭においておかねばならないことです。
そうでなければ、聖書を読んでも正しく理解することが出来ません。
I
イスラエルの民がエジプトを脱出したイスラエルの民は1年と数ヶ月で約束の地近くまで来ました。しかし、そこで巨人を見た斥候たちが民を落胆させ意志をくじいてしまいました。その時に民が語った言葉はこうです。
J
(民数記14:2-3)(前略)「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがましだ。 14:3 なぜ主は、私たちをこの地に導いて来て、剣で倒そうとされるのか。私たちの妻子は、さらわれてしまうのに。エジプトに帰ったほうが、私たちにとって良くはないか。」
K
これはつまり、「神は悪意をもって私たちをエジプトから脱出させた。」と語っているのです。
何か問題が起こったときに、「神は悪意を持っている」と理解していたのでは、聞かれる祈りも聞かれませんし、解決できる問題も解決できません。
このイスラエルの民のようなケースは極端なものでしょうが、聖書を読むときに、神は厳しい方であると感じてしまう人は結構いると思います。
L
この学びでは、神は人類を突き放して裁きを与えているとしか思えないような言葉の中に、神の最高の愛がこめられていることを知ることによって、その他のあらゆることに対しても(たとえ理解できなくても)神を信頼することができるようになることを願っています。
M
■誤解されている神の宣言の言葉
(1)女に生みの苦しみを与えた。
(創世記3:16)「わたしは、あなたのみごもりの苦しみを大いに増す。あなたは、苦しんで子を産まなければならない。しかも、あなたは夫を恋い慕うが、彼は、あなたを支配することになる。」
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この地上の出来事は霊的世界の雛形であることを先に学びました。霊的世界に変化が生じるときに地上においても変化が生じるのです。
O
ヨハネの3章3節〜7節にあるように、この地上における出産もまた霊的世界のある出来事の雛形です。
キリストを信じて救われることは「霊的に新しく生まれる」と表現します。キリスト教国ではただ習慣として教会に行っているだけの人ではなく、本当に信じたクリスチャンのことを「ボーンアゲイン」(再び生まれる)と表現します。
そのように、「霊的に新しく生まれること」と「地上で女が出産すること」にはつながりがあるのです。
P
人が罪を犯す以前は、永遠の命を手に入れることはすごくお手軽でした。エデンの園にある「いのちの木」の実を食べるだけでした。永遠のいのちを得ることを救われることと同じであると理解するなら、人が救われるために神はまったく苦しむ必要はありませんでした。
Q
ところが人が罪を犯してから状況が一変しました。キリストが十字架で苦しみいのちを投げだすこと以外では人は救われなくなったのです。
つまり、神ご自身がいわば産みの苦しみをすることなしには人は救われることは無かったのです。
R
霊的世界に変化があれば実際世界にも変化が生じます。霊的世界でキリストが生みの苦しみをする必要が生じたので、地上世界でも新生の雛形である人の誕生の為に女が苦しむ必要が生じたのです。
S
ですから、「あなたは、苦しんで子を産まなければならない。」と語られた神の宣言は断罪し突き放すためのものではなく、「私はあなたの救いのために大いに苦しもう」という神の愛とその覚悟の宣言だったのです。
(21)
(2)女が男に支配される。
罪を犯す以前はアダムはリーダーでしたが男女は平等でした。同様に神とキリストはおなじ御座に座す同等の存在でした。
ところが今日では(第1コリント11: 3)を見ればわかるようにその権威の秩序は「神→キリスト 男→女」となっております。
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女が男の下になってしまったのは、霊的世界に変化が生じたからです。アダムが罪を犯したときに、それまで神とひとつであったキリストがへりくだり、人としてこの地上に来られることを決心されたからです。
霊的世界でキリストが神の下に自分を置いたときに、この地上でも変化が生じ、女は男の下になってしまったのです。
(23)
ですから、女が夫の下に置かれる(夫が女を支配する)という神の宣言は、言い換えるなら「あなた方の救いのために御子キリストは父なる神の下に身を置かれる」という宣言だったのです。
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■ 正しい聖書の読み方
これらのことからわかることは次のことです。聖書に登場するさまざまな出来事について聖書には詳しくいきさつなどについては書いていませんし、私たちも全てを計り知ることは出来ません。しかし、神がなされるすべてのことに対して、深い霊的な意味があります。
また、神は常に私たちを愛し、私たちの為に最善を願っておられます。
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これらのできごとのような、神の厳しい裁きにしか聞こえない宣言の中にも、神の深い愛と犠牲があることを知るなら。私たちはただ、神に身をゆだねて、信頼することが出来るのです。